サ・シェイ デザイナー 大畑のルーツ



結婚を機に仕事をやめ、東京から静岡に住居を移す。

独身時代は、東京、馬喰町の小物メーカーに企画営業として、5年弱勤めていました。

高校を卒業してすぐに洋裁学校へ入学しましたが、アルバイトに精を出しすぎてしまったため、

抜けるに抜け出せずそのままバイト先である、小物メーカーへ就職し、

結局、洋裁学校は途中で退学をしてしまいました。

はじめのうちは、直営店(自由が丘)で店長職に就き仕入れを、まかされたり、

売り上げの帳簿付けなど販売の全てのノウハウをこのときに、覚えました

その時代は、DCブランド全盛期、物が良く売れた時代です。


入社から1年後に営業に突然任命され、デザイナーなど全く経験のなかった私が、

ある日を境に《売れるものを生み出す》という大きな責任を背負うことになりました。

先輩デザイナーが突然退社することになり、その後釜に

何の経験もない私が突然、放りこまれる形となりました。

確か21才くらいではなかったでしょうか・・・

簡単な引継ぎしかなく、戸惑いながらもメーカーさんや、

取引先の方々に助けられ毎日をこなしていきました。

四苦八苦している私を見かねて取引先の方々が、

(気の毒がってくれて)飲みに連れて行ってくださったり仕事のノウハウを教えてくださいました。

その取引先の中に、某有名デパートの幹部の方々がいらっしゃって

新宿店と渋谷店で私のコーナーを

作ってくださることになったのです。


コーナー展開するに当たって、ブランド名を考えるように言われ、

つけたブランド名が『サ・シェイ』でした。

若いときからフランスに憧れを持ち、ファッションに興味のあった私が考えた名前

それが『サ・シェイ』です。



残念ながら、そのブランド名は、某有名デパートには、当然もうありませんし、

勤めていた会社もなくなりました。

5年弱勤めた後に、結婚のため静岡に越すことになったときには

さまざまな思いがありましたが、やりきった感はなく、消化不良の状態で

心の奥に何かたまったエネルギーを、ずっと抱え続けていました。

そのエネルギーはやがて、結婚、出産、子育てに費やされ、

時が過ぎていきましたが、子育ての最中にパッチワークと出会い

仕事にする決心を自然の流れの中で、折り合いをつけてきました。

いくつ作品を作っても、満足することなどありませんが、だからこそ

長く仕事を続けられるのかもしれません。

これからも枠を作らず、型にはまらず素敵な作品を一つでも多く、世に排出すべく、

スタッフともども、がんばっていきます。


                          Mika O